ご挨拶
教授 井上 治久
超高齢社会の到来とともに、神経難病・認知症に罹患される方の数は増大しています。筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis: ALS)やアルツハイマー病など、これらの難治性神経疾患では、神経症状は進行性で、進行を完全に抑止し、疾患を消滅させる根治治療は未だ確立していません。2006年にマウスで、2007年にヒトで誕生した人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell: iPS細胞)とその作製技術は、基礎研究のみならず医療分野を含む幅広い分野に応用される基盤技術となっています。生検検体や剖検組織由来の生細胞培養が困難な難治性神経疾患領域においては、患者さん由来のiPS細胞は、疾患モデル化、薬剤スクリーニング、治療標的分子・治療薬候補の同定など、培養皿の中の医学に利用されています(micro medicine)。
iPS細胞を用いて構築された疾患モデルを用いて同定された治療薬候補の有効性や安全性を探索・検証する臨床試験が進んでいます。患者さんのiPS細胞を研究に用いることによって、候補薬剤の有効性に基づく患者さんの群の特徴が明らかになり、臨床試験の確度を高まる可能性があります。また逆に、薬剤が特に奏功した患者さんの群における有効性のメカニズムの解析、同じ病名でも薬剤に対する反応性が異なる原因の探索など、治療効果やその予測の指標となるバイオマーカー研究など、臨床医学でのiPS細胞が利用されています(macro medicine)。iPS細胞を利用したmicro medicineとmacro medicineは緊密に結びつき、革新的に発展する関連技術とのコンバージェンスにより、iPS細胞の医療分野での応用はさらに新たな段階を迎えようとしています。
本研究室では、iPS細胞を、病態解明・治療法研究から臨床試験“Dish to Bedside”、臨床試験から病態解明・治療法研究“Bedside to Dish”に利用し、難治性神経疾患の根治治療の確立を目指しています。